「放課に机つっといて」「B紙買ってきて」「鍵かっといてね」——名古屋人には日常会話、県外の人には暗号。実は名古屋・愛知には、地元民が標準語だと信じて疑わない「隠れ名古屋弁」がたくさんあります。国立国語研究所の元所長も「これは標準語だろうと思って使ったけれども、しかし名古屋弁だった」と語るほど。この記事では、「標準語だと思ってた名古屋弁」16選を、意味・使用例・標準語訳つきで、大学の方言研究や辞典など信頼できる出典で裏取りしながら紹介します。名古屋人は共感必至、県外の人は名古屋人との会話の予習にどうぞ。

この記事のポイント

  • 「放課」「B紙」「机をつる」など、名古屋人が標準語だと思い込んでいる方言16選を、意味・標準語訳・出典つきで解説します。
  • 学校で使う言葉ほど要注意。「放課」は岐阜県では通じず、愛知県内でほぼ完全に県境と一致する——という研究結果があるほど、学校言葉は強力なローカル語です。
  • 敬語の「みえる」や「フレッシュ(=コーヒーミルク)」など、大人になっても気づかない言葉も収録。名古屋人チェックや県外の方の予習にお役立てください。

そもそも「標準語だと思ってた方言」はなぜ生まれる?

結論から言うと、「学校や家庭など、公的な場で毎日使う言葉」ほど方言だと気づかれにくいからです。国立国語研究所が2008年に開いた「ことば」フォーラムでは、当時の杉戸清樹所長が「机をつる(=運ぶ)」を例に「これも名古屋人の私は全国共通だと思っていました。東京で『その机ちょっと釣りましょう』と言ったら、全然分かってもらえなかった」と実体験を紹介しています。岐阜大学の山田敏弘教授も「B紙」について「当地の人間は全国共通語であると疑いもしないが、れっきとした地域限定のことばである」と指摘しています。ここでは、そんな”気づかない名古屋弁”を場面別に見ていきましょう。

【学校生活編】上京して通じずに驚くNo.1ゾーン

1. 放課【ほうか】=授業と授業の間の休み時間

名古屋の学校では、休み時間のことを「放課」と呼びます。「20分放課」「昼放課」は名古屋の小学生の共通語。ところが標準語で「放課」といえば辞書上は「その日の課業が終わること」の意味で、休み時間の意味は載っていません。『広辞苑』はわざわざ「②(名古屋で)学校の休み時間」と注記しているほどです。山田教授の研究では「放課の使用は完全に県単位のもので、県境を越えて他の地域に及ばない」——つまり岐阜県では通じない、愛知県ならではの言葉。県外で「次の放課さ〜」と言うと、「え、もう帰るの?」と大混乱が起きる代表格です。

2. B紙【びーし】=模造紙

学校の発表でおなじみの大きな紙。標準語では「模造紙」ですが、名古屋・愛知では「B紙」一択。サイズがB1判に近いことに由来するといわれます。山田教授の調査では愛知県と岐阜県の全域で使われる一方、三重・静岡は「模造紙」という結果でした。上京した名古屋人が文具店で「B紙ください」と言って通じない——という体験談は、もはや様式美です。

3. 机をつる【つくえをつる】=机を持ち上げて運ぶ

掃除の時間の号令「机つって〜!」。名古屋の小学生は全員これで通じますが、標準語では「机を運ぶ」。前述の国立国語研究所フォーラムでも、杉戸所長が「釣るは、ちょっと持ち上げて横に移動させる、運ぶという意味」と説明しています。天井から吊るすわけではありません。『地方別方言語源辞典』は「愛知県西部および岐阜県の小学校で、この言葉を知らないと先生をやっていけないほど日常的に使われる語」と紹介しています。

4. 業後【ぎょうご】=放課後・学校が終わったあと

「放課」が休み時間なら、では放課後は?——名古屋では「業後(ぎょうご)」が使われます。山田教授の研究でも「愛知県では『放課後』は半数以下で、代わりに『業後』『学校が終わった後』などの言い方が多い」と報告されています。「放課」との合わせ技で、県外の人を二重に混乱させる学校言葉です。

【日常生活編】家庭内に潜む隠れ名古屋弁

5. 鍵をかう【かぎをかう】=鍵をかける

「出かけるとき鍵かっといてね」。この「かう」は、実は古語・標準語の「支う(かう)」そのもの。『デジタル大辞泉』にも「棒やくさびなどを物に当てて支える」「鍵やかんぬきなどをかける」と、用例「鍵を―・う」つきで載っています。つまり厳密には方言ではなく、共通語では使われなくなった言い方が東海地方に残ったもの。NHKのアナウンサーも名古屋弁を代表する4語のひとつとして「鍵をかう」を挙げています。「鍵を買う」と誤解されて、「え、合鍵作るの?」となるのがお約束です。

6. 米をかす【こめをかす】=米を水に浸す・研ぐ

「ごはん炊くで、米かしといて」。この「かす」=米を水に浸すも、NHKが名古屋弁4選のひとつに挙げた言葉です(残る2つは後述の「まわしをする」と上の「机を釣る」)。標準語だと思っている名古屋人が多く、台所の指示で県外の人がフリーズしやすいワードです。

7. まわしをする=準備をする

「早よ学校行くまわししやあ!」——朝の名古屋の家庭で飛び交うフレーズ。「まわし」=準備・支度です。相撲のまわしとは無関係で、語源については定かではありませんが、名古屋弁として広く使われています。県外の人が名古屋の家庭にホームステイすると、最初に戸惑う言葉かもしれません。

8. ちんちん=(お湯などが)すごく熱い

「このお茶ちんちんだで気をつけやあ」。「ちんちん」は激アツの意味、さらに熱いと「ちんちこちん」に進化します。辞書では「ちんちん」は「鉄瓶などの湯の煮えたぎる音を表す語」とされ、その沸く音が”熱い状態”を表す言葉に転じたといわれます。中日新聞・東京新聞(2025年)によると、これは東海だけでなく北陸を含む「東海北陸地方」の方言。金沢の読者からの投稿がきっかけで記事になったほどで、「名古屋だけ」ではない点がポイントです。

9. ときんときん=鉛筆などが鋭く尖っている

削りたての鉛筆は「ときんときん」。標準語では「先が尖っている」としか言えないニュアンスを、擬態語一発で表現できる名古屋弁の傑作です。山田教授の分布調査では「明らかに愛知県尾張地方を中心とした分布」で、語源は「研ぐ」にあると考えられるとのこと(濁音形「トギントギン」が春日井市・大府市などに残るのが傍証)。ちなみに三重では「チョンチョン」、石川では「ケンケン」と、隣県では言い方がガラリと変わります。

10. シャビシャビ=汁物などが水っぽい・薄い

「このカレー、シャビシャビだねぇ」。水分が多くてゆるい状態を表す「シャビシャビ」。山田教授は「共通語では何というのか俄には答えられないが、岐阜や愛知では即座に『シャビシャビ』などの語形が返ってくる」と報告しています。標準語が思い浮かばない=気づかない方言の典型例です。

【大人でも気づかない編】敬語・お店の言葉ゾーン

11. みえる=いらっしゃる(尊敬語)

今回の”隠れ名古屋弁”の最有力候補がこれ。「先生、東京にみえますか?」——名古屋では「みえる」が「いる・行く・来る」全般の尊敬語として使えます。ところが標準語の「見える」は「来る」の尊敬語にしか使えません。だから「東京にみえますか(=いらっしゃいますか)」は県外では通じにくいのです。国立国語研究所のフォーラムでも「名古屋弁を全国共通語と信じて疑わなかった」代表例として紹介されており、愛知・岐阜・三重の東海3県で使われます(三河では「おいでる」)。敬語なだけに、ビジネスの場でうっかり出やすい要注意ワードです。

12. フレッシュ=コーヒーに入れるミルク

喫茶店で「フレッシュください」。国立国語研究所の朝日祥之氏も「コーヒーに入れるミルクのことをなんと言いますか、答えは『フレッシュ』です」と挙げる、喫茶王国・名古屋らしい一語。標準語では「コーヒーミルク」「ポーション」ですが、名古屋では「フレッシュ」が当たり前。方言だと気づいていない人が非常に多い言葉です。

13. えらい=疲れた・しんどい

「今日はでらえらいわ〜」は「今日はとても疲れた」の意味。名古屋弁の「えらい」は「偉い」ではなく「しんどい」です。朝日祥之氏も「この『疲れた』という意味での『えらい』を知らずに聞くと、なんだか自分が偉くなった気持ちにさせられる」と、意味の食い違いを指摘しています。「階段上ったらえらくてかんわ」と言うおばあちゃんは、自慢しているのではなく疲れています。

14. ケッタ=自転車

名古屋の中高生の相棒「ケッタ」。「蹴りたくる(=荒々しく蹴る)」が語源とされる、東海地方の方言です(過去形の「蹴った」由来という説明は簡略化されたもの)。名古屋市図書館の調査によると遅くとも1970年代後半には使われていたとのこと。ただし近年は「チャリ」に押されており、テレビ局の街頭調査では大須で使う人が少数派だったという結果も。「ケッタマシーン」という強調形もありますが、こちらはややネタ寄りの言い回しです。

【会話編】名古屋人の口ぐせゾーン

15. でら=とても・めちゃくちゃ

名古屋弁の強調表現の王様「でら」。「でらうまい」「でら混んどる」など現役で大活躍中です。「どえらい」が縮まった形といわれ、若い世代では「でら」が主流。当メディアでも「でら」は公用語です。

16. 〜だもんで=〜だから

理由を説明するときの接続詞「だもんで」。「雨だもんで、ケッタやめてバスで行くわ」のように使います。ビジネスの場でもうっかり出てしまう、名古屋人の口ぐせ第1位級の方言です。ちなみに「お値打ち(=品質のわりに安くてお得)」も、名古屋人が愛してやまない一語。辞書にも載る言葉ですが、日常での使用頻度は名古屋が群を抜いています。

よくある質問(FAQ)

名古屋の人は本当に「みゃあ」「えびふりゃあ」と言いますか?

「エビフリャー」の全国的なイメージは、1980年前後にタモリさんがラジオやテレビでネタにしたのが起点とされます(当時エビフライは名古屋名物ではなく、その後に名物化したといわれます)。名古屋弁には「ai」の音がつながって変化する特徴(例:細かい→こまきゃー)が実際にありますが、「みゃあ」というカナ表記が実際の音を写しきれていないのも事実。名古屋大学の講義資料も「仮名でうまく表記できない発音」と説明しています。名古屋市公式が紹介する「名古屋ことば」でも語尾として「なも」「えも」が挙げられており、「みゃあ」は代表格ではありません。

若い世代も名古屋弁を使いますか?

「でら」「〜だもんで」「放課」あたりは若い世代でも現役です。特に「放課」「B紙」のような学校言葉は、方言と気づかないまま使い続けている人が多数派。一方「ケッタ」のように「チャリ」へ置き換わりつつある語もあります。

名古屋弁と三河弁は違うのですか?

違います。愛知県は「境川」(旧国境)を境に、尾張地方と三河地方に分かれる——方言研究でも「この旧国境は現在に至っても大きな境界線」とされています。名古屋を中心とする尾張の言葉が名古屋弁(尾張弁)で、母音がつながって変化する特徴が濃く、岐阜県の美濃地方に近いのが特徴。豊橋・岡崎など三河地方の言葉が三河弁で、「〜じゃん・だら・りん」が代表格です。なお「じゃん」は三河発祥と思われがちですが、方言学では発祥地に定説がなく、山梨説・静岡説が有力で、横浜は発祥地ではなく伝播の中継地とされています。三河の「じゃん」は聞き手が知らない新情報を提示するときにも使うのが独自の特徴です。

まとめ|あなたはいくつ「標準語だと思ってた」?

放課・B紙・机をつる・みえる——学校や家庭、お店で覚えた言葉ほど、方言だと気づかないもの。国立国語研究所の研究者ですら「標準語だと思って使っていた」と語るのですから、気づかなくても無理はありません。名古屋人のあなたはいくつ「え、これ方言だったの?」がありましたか?県外のあなたは、これで名古屋人との会話は完璧です。名古屋の文化ネタは「名古屋あるある」もあわせてどうぞ。でら面白いで、読んでってちょう。

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【出典】国立国語研究所 第34回「ことば」フォーラム『敬語と方言』記録(2008)朝日祥之「標準語のようで標準語ではない愛知県のことば」(愛知大学リポジトリ)山田敏弘「岐阜・愛知の若年層方言について1」岐阜大学教育学部研究報告 人文科学56-1(2007)名古屋市図書館 調査報告書No.65同No.139(ケッタ)コトバンク「放課」同「支う」山田敏弘「愛知県新城市作手方言」(方言文法研究会2017)三省堂ことばのコラム(「じゃん」の発祥)東海テレビ(エビフライのイメージ)名古屋市公式「名古屋ことば」。方言の意味・用法は地域・世代により幅があります。情報は2026年7月30日時点。

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